韓国チキンの歴史
世宗大王が食べたチキンから最近のチーズ味チキンまで、韓国チキンの歴史をご紹介!
こんにちは
韓国人が毎日お伝えする
最新韓国旅行情報Creatripです!
皆さんは韓国チキンを食べたことがありますか?
韓国人は韓国チキンが大好きで本当にたくさん食べます!
2019年基準、国内のチキン店はなんと8万7000店舗あるほどだそうです
チキンがこんなに韓国人に愛されているのは、昔からチキンが韓国人の口に合わせて変化してきたからです
今回は韓国チキンの歴史についてご紹介します。
韓国チキンの有名ブランドはコチラ
朝鮮時代のチキン│ポゲ(포계)
出典:대식가들 방송
チキンの歴史はなんと朝鮮時代から始まります。
ポゲと呼ばれていたメニューで世宗大王当時、宮中の医師が書いた<山家要録(산가요록)>という料理本に記録が残っています
お肉が大好きだったと有名な世宗大王なので、ポゲも食べていたことが推測されています。
出典:네이버 지식 백과
ポゲを作るためにはまず、油で鶏肉を炒めた後醤油で味付けします。
小麦粉と醤油、ごま油を混ぜて作ったソースを鶏肉の上にかけて炒めます。
最後にお酢とごま油をかけて風味をプラスしたらポゲの完成です
皆さんがよく知っている現代の韓国チキンとは異なりますが、鶏肉と小麦粉を使っていたという点で似ています。
しかし当時はお肉がとても貴重だったため、両班以上の階級が高い人のみ食べることができる高級料理でした。
60年代│電気焼きトンタッ(전기구이 통닭)
出典:2TV 아침 방송
韓国にアメリカ式のフライドチキンが初めて紹介されたのは、朝鮮戦争の時です。
米軍から影響を受け、煮込んだり蒸したりして食べていた韓国式の鶏肉料理が変化し始めました
出典:문화일보 / Farminsight
1960年にオープンした「明洞栄養センター(명동 영양쎈타)」は電気焼きトンタッという新しい鶏肉料理を発売しました。
この時代には食用油が常用化されてなかったため、油に揚げる代わりに電気オーブンで鶏肉を焼く方法を選びました。
鶏肉を丸ごと焼いた料理であるため栄養食品だという認識が強く、お店の名前にも「栄養」という名前を付けたそうです
1968年にはデリバリーサービスも可能だと書かれた広告が残っており、チキンのデリバリーサービスがここから始まったことが分かります。
出典:어린이동아
当時は現代のカットしてある韓国チキンとは異なり、丸ごと焼かれているのが分かります。
韓国語で丸ごとは「통(トン)」で、鶏を「닭(タッ)」と言うので、メニューの名前が「トンタッ(통닭)」となりました。
最近チキンとトンタッという名前を同じように使っている場合もありますが、実際には異なるメニューなのです
80年代以降に電気焼きトンタッは新しいチキンメニューの登場によって人気が無くなってしまいます。
しかしトラックに電気オーブンを設置してトンタッを売る移動屋台で現在も販売されています。
また先ほど言及した明洞栄養センターは忠武路に移転しましたが、現在も営業を続けているそうです
70年代│フライドチキンの登場
出典:아이뉴스24
1971年に「ヘピョ(해표)」の食用油が販売され始めてから、ついに食用油に揚げたフライドチキンが登場します
リムスチキン(림스치킨)は韓国最初のフライドチキンチェーン店で、最初は新世界百貨店の小さな売店からスタートしました。
この時代にはまだ電気焼きトンタッが人気だったため、カットされたフライドチキンが多くの人に知られるようになるまでに4~5か月程かかったそうです。
リムスチキンの常連客は材料に使われていたパウダーを使用し、事業を始めようとしました。
この提案をリムスチキンの社長が受け入れてパウダーを提供したことで、チキン屋さんのチェーン店の概念が誕生しました
現在は全国に80店舗ほど運営していますが、昔は400店舗ほど運営していた人気チキン店だったそうです!
80年代│ヤンニョムチキンの登場
出典:유퀴즈 온 더 블럭 방송
1980年代には韓国独自のチキンである「ヤンニョムチキン(양념치킨)」が登場し、チキン市場に新しい風が吹きました
甘辛い味が韓国人の口にぴったり合っていて大人気となったのです!
ヤンニョムチキンの元祖?│メキシカンチキン
出典:유퀴즈 온 더 블럭 방송
ヤンニョムチキンを初めて作った人は、メキシカンチキンの創始者ユン・ジョンゲさんだと知られています。
フライドチキンを販売していた彼は、お客さんが食事している間に冷めて美味しくなくなったチキンを残す姿を目撃しました。
そこで冷めても美味しく食べれるヤンニョムチキンという新メニューを開発したのです
出典:2TV 아침 방송
ヤンニョムソースを開発するために6カ月間苦戦したそうです。
様々な材料で試してみても満足のいく結果が出なかった時、近所のおばあさんのシロップはどうかという言葉のおかげで答えを見つけたと言います
またコチュジャンの代わりに唐辛子の粉末とにんじんを混ぜた辛味と水あめのような食感が、彼のヤンニョムソースの特徴です。
出典:유퀴즈 온 더 블럭 방송
このヤンニョムソースに関連した興味深い話があります。
当時特許権に関する概念が一般人にはなかったため、ユン・ジョンゲさんは特許を登録しませんでした。
しかし彼が雇用していた職員が特許を申請し、ユン・ジョンゲさんがヤンニョムチキンを販売することができなくなってしまったのです
裁判の結果ユン・ジョンゲさんの権利が認められその職員は刑事処罰を受けることに決まりました。
しかし同僚の処罰を望まなかったユン・ジョンゲさんは特許を諦め、ヤンニョムチキンは特許を出せない皆のヤンニョムになりました。
ちなみに彼が開発したチキンの大根の漬物(치킨무 / チキンム)も特許がないそうです
しかしユン・ジョンゲさんはヤンニョムチキンとチキンの大根の漬物を開発し、韓国のチキン業界に一線を引いたことだけでも満足していると発言しました
当時は鶏肉事業に対しての周りの視線が良くなかったですが、チキン事業が上手くいき認識も変わったのでそれで十分だそうです。
ヤンニョムチキンの元祖?│ペリカナチキン
ペリカナチキン(페리카나치킨)はコチュジャンを使用したヤンニョムチキンメニューを販売し、当時人気お笑い芸人だったチェ・ヤンラクを広告モデルに起用しました。
広告のおかげもあり大ヒットとなって、ペリカナのヤンニョムチキンを買うために50mにも及ぶ列に並んでいたほどだったそうです
そのためヤンニョムチキンの元祖についてはメキシカンチキンとペリカナチキンの間で議論となっています。
しかしメキシカンチキンは初めてヤンニョムチキンを誕生させ、ペリカナチキンはヤンニョムチキンの大衆化を成功させたため、両方とも韓国のチキン市場で大きな役割を果たしたと言えます
90年代│有名チェーン店の登場
ヤンニョムチキンが登場した後、大人気となったため多くのチェーン店が生まれました。
現在有名なキョチョントンタッ(キョチョンチキンの昔の名前)、ネネチキン、BBQ、ホシギ2羽チキン、星一つチキン(BHCの昔の名前)などのブランドが全て90年代に登場しました
以前はチキン屋はチキンをお酒のおつまみとして食べる居酒屋のようなイメージが強力でした。
しかしBBQは「チキンを主に扱う」居酒屋というアイデンティティを構築し、差別化を図りました。
BBQが大成功を収めたおかげで、それ以降はお酒のおつまみではなく、メイン料理として認識されるようになったのです
2000年代以降│チメク・新しいメニュー
2000年代から現代までチキン業界が人気を集めており、数多くの新メニューが誕生しました。
その中でも大人気となっているメニューをご紹介します
骨なしチキン(순살치킨)
骨なしチキンは2000年代以降に新しく登場しましたが、いつ、誰が最初に発売したかは明らかになっていません。
既にチキンナゲットや日本のから揚げのように、骨のない鶏肉料理が昔から存在していたため、骨なしチキンの元祖を決めるのは難しいからです。
しかし確実なのは、毎回骨から鶏肉を引きちぎって食べていた韓国の消費者たちにとって、骨なしチキンは素晴らしい革命だったということ
骨から鶏肉を取っても肉の量はそのままで、引きちぎる不便さや人気の部位であるチキンの足で喧嘩をすることも無くなったからです!ㅎㅎ
チメク(치맥)
チキンとビール(メクチュ / 맥주)の組み合わせを意味するチメクは韓国通ならご存じだと思います。
チキン屋が居酒屋として運営されていた1970~1980年代から韓国人はチキンとビールを一緒に食べていました
しかし当時はチキンがビールのおつまみでしたが、現在のチキンはビールにぴったりの料理となったので考え方が少し異なります。
出典:능력자들 방송
現代のチメク文化は2002年日韓ワールドカップの時に形成されました
当時韓国の国家代表チームが4強という素晴らしい成績を収め、人々は試合のたびにチキンを食べながらビールを飲んだため、これが自然にチメク文化になったのです。
パダッチキン(파닭치킨)
2010年くらいに大田(テジョン)の儒城キョウォンパダッ(유성 교원파닭)と世宗市鳥致院の王天パダッが、スライスされたねぎとチキンを一緒に食べるパダッチキンを発売し大人気となりました
この2つのお店はパダッチキンの元祖と呼ばれており、影響を受けた他のチェーン店がオリエンタルソースがかかったパダッチキンメニューを発売しました。
シーズニングチキン(시즈닝 치킨)
チーズの粉をかけたシーズニングチキンはそれ以前に無かった新しい味で大人気となりました
シーズニングチキンで有名だったメニューの内の一つであるBHCのプリンクルチキンは、2014年に発売されました。
しかし2009年にすでにネネチキンがスノーウィングチキンを発売しており、ネネチキン側はBHCが特許権を侵害したと告訴しました。
裁判をし、BHCは特許権を侵害しなかったという結果になりました。
上記のヤンニョムチキンの事例のように、チキンメニューにも特許権はとても重要です。
やはり人々が元祖メニューを食べようとするため、企業の収入に大きな影響を及ぼすのです。
ネネチキンとBHCチキンのシーズニングチキン元祖議論は、当時このメニューがどれだけ人気だったかを実感させてくれます
ハニーバターチキン(허니버터 치킨)
2015年に韓国国内で大ブームとなったハニーバターチップの影響から、ハニーバターチキンが発売され、現在はハニーバターチキンがないチェーン店はないと言えるほどの人気となりました
今回は韓国チキンの歴史について詳しくご紹介しました。
いかがだったでしょうか?
かなり昔から韓国人のチキン愛が強かったことに驚きました
クリエイトリップでは韓国滞在中にチキンのデリバリーができる代行サービスを行っているので、ぜひご利用ください
ここまで、「韓国チキンの歴史」についての記事でした。お問い合わせ事項がある場合、本ブログ記事のコメント欄にご記入いただくか、help@creatrip.com までメールもしくは、公式ライン@creatripまでメッセージを送ってください。