logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
logo
FlagFillIconNow In Korea
『大長今』の故郷を聞いたことがありますか?玉井湖下流を探訪する
user profile image
Creatrip Team
2 months ago
news feed thumbnail
井邑(チョンウプ)と任実(イムシル)を巡る旅行記は、蟾津江(ソムジンガン)ダム建設後に形成された玉井湖(オクチョンホ)貯水池周辺の歴史・文化遺産を掘り下げている。筆者は井邑市山内面(サンネミョン)鍾松里(チョンソンリ)の黄土村と黄土島(かつての小島で、現在は堤防で陸続き)を訪れ、楼亭「蘭菊亭(ナングクジョン、蘭菊亭)」から湖を見下ろした。 蘭菊亭は、先に雲岩(ウナム)ダムが完成した1928年に建てられ、日本統治下で国の喪失を嘆いた儒学者たちの集いの場だったという。その後、蟾津江ダムが1965年に完成すると、高台へ移転された。 黄土島の森の小径では、かつてのシャーマンの祠(ソンファンダン)の痕跡に加え、イチョウの木、泉、小さな川辺のあずまやなど、旧集落の面影が確認できる。近くの鍾松里は長金里(チャングムリ)に接しており、同地は朝鮮時代の宮廷の看護師である大長今(テ・チャングム)と伝統的に結び付けられ、起源神話もこの一帯に結び付けられているとされる。 記事は、地域記憶の層をたどる。玉井湖の水底となったヌオディとスチムドンの沈水集落、1925~1928年に建設された雲岩ダム(現在は水没)、そして1940年から段階的に建設され1965年に完成した、より大規模な蟾津江ダムが現在の貯水池を生み出した経緯が描かれる。 さらに戦時の歴史として、1950年代の警備分遣隊の記憶や、「五重台(オジュンデ)」バス停付近でのパルチザンとの衝突にも触れている。工学的な側面では、日本統治期のダム建設で用いられたリップラップの石積みなどの詳細も紹介される。 現代の動きとしては、上流側にボンオ島などのエコツーリズム拠点やつり橋が整備されていることに言及しつつ、玉井湖の下流域についても、古くからの伝統と20世紀の記憶の双方を保存する文化・歴史観光地として成長し得るとの見通しを示している。
情報が気に入ったら?

LoadingIcon